ぐるなが人物MAP

●ぐるなが人物MAP⑤

日本人の暮らしの中に息づく和文化。
畳職人の穏やかな気迫。

枦山利生さん

枦山利生さん私たちの暮らしの中には、さまざまな日本文化が生きている。

「畳」も、世界に類がない日本固有の文化の一つだ。吹き抜けのある空間やウッドデッキ、ガルバリウム鋼板の外壁などが人気を集め、住まいがいかに欧米化しようとも、なぜか「畳」は生きている。

若い夫婦の家に伺っても、狭いながらもちゃんと畳のある和室が備えられていて「やはり、心が落ち着くのは畳の間。疲れた時は、気が付くとここにいます」という答えをよく聞く。それほどまでに、畳が持つ風合い、優しい感触は人を和ませる。
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●ぐるなが人物MAP④

商いをさせてくれた日本酒にも町にも恩返し。
夢は、昔みたいにアゲハチョウ舞う町をつくること。

中村信顕さん

中村信顕さん「人間を取り巻く環境はものすごく変わったねぇ。私が子供の頃には店の前にきれいな川が流れていたし、近くには鬱蒼と木が茂る『お化け屋敷』と呼ばれる建物があった…。夏になれば、蝉はうるさいほど鳴いていたし、辺りをオハグロトンボやオニヤンマがいっぱい飛んでいた。それを、私たちがみんなひっつかまえちゃったんだけどね。ハハハハ」と、懐かしそうに語り出した中村信顕(のぶあき)さん。

北石堂町にある中村酒店のご主人だ。父親がこの地で酒屋を開業したのは大正7年のこと。戦時中の統制で一時休業を余儀なくされたが、昭和28年にふたたび営業をスタートさせた。

通りから一段下がった場所に、格子のある昔ながらのたたずまいを見せる店舗は、古き良き時代の酒屋の趣だ。かつては勤め帰りのサラリーマンが、気軽に立ち寄り一杯ひっかけていった。
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●ぐるなが人物MAP③

ここは、心ふれあえる優しいスペース。
みんなが立ち寄れる「まちの保健室」を作った。

白澤章子さん

白澤章子さん人はいくつになってもいろいろな問題を抱えている。特に、ある年齢を過ぎると「健康」が重要なテーマになってくる。

中年世代の集まりでは、「血糖値が心配で」とか「頻尿で夜、ぐっすり眠れない」とか「目尻のしわや肌のシミが気になって」など、次から次へとさまざまな悩みが口をついて出る出る。もちろん、若い人たちにも異性のこと、妊娠や出産のこと、学校のこと…などいろいろな問題が存在する。
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ぐるなが人物MAP②

町の中の古書店から
明るい話題を発信する。

山崎晴樹さん

山崎書店店主 山崎晴樹さん町の中には、会っただけで心和む人がいる。お互いの顔を眺めながら、どうということのない他愛ない話をして笑いあう。それだけのことなのに、ちょっと幸せになれたような気分。このせちがらい世の中、そういう人は少なくなった。貴重な存在だ。

長野市緑町の古書店・山崎書店の主人山崎晴樹さんもそんな一人。眼鏡をかけた目はいつも笑っていて、短めの髪型は、流行のアンシンメトリーなんだか、寝癖なんだかわからないナチュラルな雰囲気。興が乗れば「ガハハハ」と往年の和田勉ばりに声高らかに笑う。こちらが振った世間話にもいい具合に反応する。そんなところが愛されて、この古書店には「ヤマちゃん」と呼び、いろいろな人たちが集まってくる。

最近は、童心芸術家とも呼ばれる横井弘三の作品を発掘調査する市民団体「横井弘三とオモチャン会」(黒田弘志会長)の事務局を務める。飯田市出身の横井は昭和19年に長野市に疎開、善光寺界隈で精力的に創作活動を行い、市内にも数多くの作品を残している。この絵に惚れ込んだ人たちが集まり、会結成に至ったのも山崎さんの人脈が貢献しているようにも思える。

山崎書店外観ところで、山崎書店は「昭和23年、最初は若松町でオヤジの松十が始めたんです」。終戦直後の開業は長野市内でも老舗格だ。言論弾圧や統制などが続き、活字に飢えていた当時の人たちにとっては、まさに待ちに待った本という「娯楽」を提供してくれる貴重な場所となった。

現主人の晴樹さんは2代目だが、東京の大学在学中から、池袋の有名古書店「高野書店」で修業。本の価値観、売れる本の見極め方などを徹底的にたたきこまれた。それが今日に生きている。長野に戻ったのは緑町店がオープンした平成元年。

入口に高く積まれた雑誌、安くて値打ちのある郷土の本、そして読みたかったあの文庫本…。本好きにはたまらない誘惑が、もう店の外から始まっている。

山崎書店店内「蔵書は、倉庫にあるものを合わせれば5万冊は超える。だから店の中には本がいっぱいで、よく、もっと見やすく整理しろと言われるんだけど、古本屋の楽しみは、こんな本の山の中から自分が探し続けていた1冊を見つけることだと思うんだよね。ガハッハハ」山崎さんは笑う。

「長野は全国的に見ても地方出版社が多いし、いわゆる郷土ものの出版も目立つ。郷土史が好きな人が多いのも特徴かな。古書店は店主の好みが仕入れに出るけど、その点を抑えておかないとなかなか売れないね。私も全国古書籍商組合連合会に加入していて、東京で曜日ごとに開かれる中央市会、東京古典会、明治古書会、東京資料会などで仕入れるわけ。店主のセンスが試されるから、そりゃもう、大変だよ、ガハハハ」。

山崎さんによれば、最近20代くらいの人たちが「もう一度、名作を読んでみたくなった」と古書店を訪れる姿が目に付くとか。震災や不況で、余暇の過ごし方も少しだけ変わり始めているのかもしれない。

山崎書店/長野市緑町1398
営業時間/10時~19時 日曜定休

ぐるなが人物MAP①

家族愛、仲間意識が強い妖怪の人気者
河童を描いて20余年。

宮本廣文さん(69)

カッパの絵師として知られる広告美術家・宮本廣文さん

カッパの絵師として知られる
広告美術家・宮本廣文さん

宮本さんが描いたカッパの色紙

宮本さんが描いたカッパの色紙

長野市三輪1丁目に事務所を構える広告美術家・宮本廣文さん。以前は広告会社に勤務し、商店の看板の絵やレタリングの仕事を続けてきたが、1967(昭和42)年に独立。現在は市内ではよく知られる武井、妻科、秋葉など歴史ある神社の祭典に飾る行燈の絵などを数多く手掛けている。

 

その宮本さんには、もう一つの顔がある。それは、20年以上も前から描き続けている河童の絵師としての顔だ。

河童は、言うまでもなく想像上の生き物であり、鬼や天狗と並ぶ日本を代表する妖怪だ。全身は緑化赤色。頭の上には水でぬれた皿があり、口は短いくちばし、背中には亀のような甲羅があり、手には水かきが付いている。今ではアニメやCMのキャラクターとしても人気者の河童だが、もともとはあまり評判のよろしくない妖怪だった。例えば、水辺を通りかかったり、泳いでいる人を水中深く引き込み溺れさせたり、「尻子玉(しりこだま)」を抜いて人間を腑抜けにしてしまったりと、悪ふざけの領域を超えている。尻子玉というのはヒトの肛門にあると想像された架空の臓器のことで、何とも恐ろしい。

そんな河童が人々に愛されるようになったのは、1953年ごろ、漫画家の清水崑が「かっぱ天国」という連載漫画で愛嬌のある河童たちの生活を描いてからだ。この絵はその後、清酒メーカーの黄桜のキャラクターとしてTVコマーシャルにも登場。今でも人気を集めている。

「私が河童に惹かれたのは、20年ほど前に斉藤博文の画集を見て衝撃を覚えてからです。河童というのはカワコ、カワンベ、河太郎など50以上もの呼び名があることからも分かるように、全国的に分布している妖怪です。特に長野県では上高地の「河童橋」で知られるようにお馴染みの存在。河童は悪いこともするけど、とっても義理堅く、恩返しもする愛すべき妖怪なんです。そんなところが好きで、一気に描き始めたんです]と口元をゆるめる。

宮本さんの河童は、大きなキャンバスに描かれた大作もあれば、色紙に描かれたコンパクトな作品もある。穏やかな人柄同様、軽妙なタッチ。見る人をほっと和ませてくれる。宮本さんによれば、現在、長野県内で河童を描いている画家は4人だけだというが、宮本さん自身も納得できる「自分の河童」が描けるようになったのはつい3・4年前からだとか。「河童は家族愛やきょうだい愛が強い、とても仲間を大切にする生き物なんです。このたびの東日本大震災以降、家族や仲間の絆が見直されている。今こそ、河童の姿をもっと知っていただきたい」と静かに語る宮本さん。

宮本さんの絵は、自身も会員となっているJR三才駅前のNPO法人「ホットラインながの」2階ギャラリーに展示されているが、鑑賞するには事前の連絡が必要(℡026・251・3111)。

また、毎月第2・第4土曜日の午前10時から、もんぜんぷら座(問御所)で絵手紙教室も開いている。ゆったりとしたリズムで、宮本さんの「河童談義」に耳を傾けるのも楽しい。

宮本廣文さん
☎026・244・2786