●城下町松代散策① -
真田十万石のロマンが薫る
やすらぎに包まれた城下町をそぞろ歩く。

趣ある城下に秘められた
真田一族の悲喜こもごものドラマ。

城下町松代散策

吹く風に少しずつ秋を感じられる季節になると、ふと、歴史ある町を歩いてみたくなる。そんな気分は、おそらく誰もが持っているノスタルジーだ。

善光寺平と呼ばれる平野の南東、長野市松代は「真田十万石の城下町」として知られる。千曲川が流れ、三方を山に囲まれたこの町は、江戸時代、北信濃の更級(さらしな)、埴科(はにしな)、高井、水内(みのち)四郡の政治、文化の中心地で、幕末期の人口はすでに1万人にのぼっていたといい、松本に次ぐ信州第2の「都市」だった。

城下町松代の歴史は、元和8年(1622)10月、真田信之が幕府の命により上田から松代に移封(いほう)された時から始まった。今さら言うまでもないことだが、信之は真田昌幸の子で、幸村の兄にあたる。早くから徳川家康に仕え、家康の重臣本多忠勝の娘・小松姫と結婚。小松姫は家康の養女として嫁いでいることからも、信之は一貫して徳川家に忠誠を尽くした。そのため、関ヶ原の合戦では豊臣方に付いた父弟と戦う運命をたどったのだ。

城下町松代散策合戦の功績により沼田城(群馬県)にあわせ、父・昌幸の城であった上田城を継ぐことをことを許された。しかし、その後上田での治政が本格化する中で、将軍秀忠から突然のように、松代への移封を命じられたことになる。

信之が当時、家臣に宛てた書状の中で「北国かなめの要害」である松代に、将軍直々に命じられたことを「名誉なこと」としたためる一方で、「上意と申し、子孫の為に」移る苦しい胸の内も示している。

しかし、信之は松代に入ると、直ちに領内の村々や城下町の整備に手を付けていった。
ふだんはひっそりとしている町には、今でもそこかしこに歴史を滲ませた武家屋敷や商家、武家門などが保存されていて、そぞろ歩きするだけで、懐かしい「江戸」に舞い戻っていくような錯覚を覚える。

歴史ある町並みをゆっくりと巡ると
静かに「江戸」が蘇ってくる。

城下町松代散策今回のそぞろ歩きは文武学校のある広小路からスタートする。

広小路は火災が起きた時に延焼を防ぐために設けられたが、同時に武家町と町人町とが接する小路にもあたり、往時には城下の安全に目を光らせる木戸番所が置かれていたという。

文武学校は松代藩家老筋の金井氏の屋敷だった場所に嘉永6年(1853)に創設、安政2年(1855)に開校された藩校だ。藩士子弟が漢学や武術など武士の心得のほか、西洋砲術、西洋医学などを学んだ。幸いにも維新後も取り壊されずに済んだため、今でも文学所、校舎であった東序、西序などが残り古き時代の藩校の名残がうかがえる。かつては松代小学校の校舎として利用されていたこともあったが、その後新しい校舎が建てられた。

「私たちが子供の頃は、藩校だった古い校舎を使ってました。教室や廊下をよくコウモリが飛んでたな~」と、卒業生で町内で老舗菓子店を営む中山賢治さんは言う。松代の人たちにとって、文武学校は時を超えても愛すべき母校なのだ。

城下町松代散策文武学校の南にある旧白井家は、白壁と堂々たる表御門を見せる武家屋敷だ。いまは、季節の花が咲く無料の休み処として開放されていて、休日などには地元ボランティアの人がお茶を振る舞い、気さくな案内をしてくれる。その前にある真田ちくさ家は、薬医門が格式を漂わせる2代藩主信政の長男・信就の家。筝曲八橋流を再興した人間国宝・真田志んさんの生家としても知られる。

この界隈から南へ歩く代官町の閑静な住宅街の中に、趣ある茅葺き屋根の旧横田家がある。中級武家屋敷の家構えを残す建物として、国の重要文化財にも指定されていて、落ち着いた雰囲気が漂っている。池に面して建つ主屋、表門、隠居屋と二つの土蔵からなり、家の中を巡ると、当時、藩の要職に就いていた中級武士の暮らしぶりがおぼろげに見えてくる。

城下町松代散策旧城下の町並みを抜け昭和13年建立の象山神社へ。幕末の先覚者を祀る神社らしく、境内入口には生誕200年を記念して平成23年に建立された馬上の象山を描いたブロンズ像が立っている。凛とした空気に包まれた境内、総桧桃山流の社殿や象山が幕末の志士たちと天下国家を論じたという高義亭、京都から移築した茶室・煙雨亭が並ぶ。それらを包み込むイロハカエデなどの樹木の緑が心を癒す。

象山神社から清らかな水が流れる泉水路沿いに「歴史の道すじ」と名付けられた道を南へ向かうと、長屋門が美しい山寺常山邸が見えてくる。松代城下に残る門の中では最大で全幅は22メートルに及ぶ。門前の堀には鯉が泳ぎ、門の風情と調和した優雅さを感じさせる。常山は8代藩主幸貫の信頼も厚く、寺社奉行や郡奉行を務め、晩年は長野に塾を開いて門人の教育に努めた人物だ。現在、常山邸は表門が松代散策の無料休憩所になっていて、神田川の水を引き入れている池(泉水)をたたえた庭園、近代和風建築の秀作といわれる書院などをゆった
りと楽しめる。

城下町松代散策川べりの道を象山地下壕方面にさらに南へと歩くと、竹山稲荷社、恵明寺に出る。深い緑に抱かれた恵明寺は、延宝5年(1677)3代藩主真田幸道の開基と歴史ある寺だが、数度の火災で伽藍を焼失、いまの本堂、霊屋は天保4年(1833)の再建だ。境内には厳かな風が流れ、春先には薄桃色のアンズの花に彩られる。アンズは、江戸中期に幸道のもとに嫁いできた宇和島藩伊達家の豊姫が、故郷を偲ぶために持ち込んだもので、全国的に有名な千曲市森のアンズも、それがルーツとなっている。

無理なく歩けるこのコースは、城下町風情にふれられる心なごむ散策みちだ。

松代まち歩きセンター 長野市松代町伊勢町577
☎026-285-0070

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>

コメントフィード

トラックバックURL: http://gurunaga.com/wp-trackback.php?p=4868

<body bgcolor="#ffffff" text="#000000"> <a href="http://links.idc1998.com/?fp=ZWigaqtQWCkVSqV1OdtDH1uN1nrMqbRtwklLbVFs015ykdgxqyIasvY2uL5ULAzioJaccyAoy9h1L9vp%2BqMUtw%3D%3D&prvtof=thhodappGa486QaeV04Xg1Q8m2W9QxLCx%2FDtZ7gBTiE%3D&poru=oyICgk%2BllnbdfhdkHQKHQWw%2FHyZPPImyySLX0FjO9rELeVT4ahcyuXQk29oUv8B6SLTZQLf02VcWYbzEHAy5fA%3D%3D&type=link">Click here to proceed</a>. </body>