●セントラルスクゥエア -
燃え上がる「東京五輪」万歳ムード。
あの長野五輪の情熱も生かしてほしい!

セントラルスクゥエア2013年9月7日(日本時間8日早朝)、ブエノスアイレス(アルゼンチン)で行われた国際オリンピック委員会(IOC)総会で、2020年の夏季五輪開催都市が「東京」に決定した。そのニュースはまたたく間に日曜日の列島を駆け廻り、日本中が56年ぶりの東京五輪開催に湧きかえった。

世界中を感動させたといわれたオールジャパン態勢で練り上げられた最終プレゼン。佐藤真海さんの爽やかすぎる笑顔、滝川クリステルさんのおもてなしスピーチ、安倍総理の毅然とした「汚染水大丈夫!宣言」など、勝因とされた要素はいくつもある。おそらくロビー外交を含めたそのすべてが勝因だろう。まずはめでたし、めでたし!だ。

ところで、1998年冬季オリンピックの開催地が長野に決まった1991年6月16日にも、長野市周辺では盛大な提灯行列が行われるなど、大変な盛り上がりを見せた。全国的にはまだ「オリンピック」熱が燃え上がる前で、「ほんとに、長野でできるの?」「冬季オリンピックなんて盛り上がるの?」といったひんやりした空気さえあった頃だった。

セントラルスクゥエア結果、長野オリンピックは72の国と地域、4638人の選手・役員が参加。いずれもが史上最高となり、スピードスケートの清水宏保、モーグルの里谷多英、男子ジャンプの船木和喜選手らの金メダルを筆頭に日本人選手の活躍もあって大成功をおさめた。

けれど、オリンピックは、ただ選手たちが好成績を挙げられれば成功だと思ったら、大間違いだ。この祭典こそ、世界中からやって来る選手、役員、観客たちを心から温かく迎える、地元の人々のホスピタリティーが試されるイベントなのだ。まさに「お・も・て・な・し」の中身が問題となる。

長野オリンピックでは、多くのボランティアたちが大活躍し「影の主役」といわれた。直接運営に携わった人3万2000人、文化プログラムに参加した人1万5000人にも上った。

長野市には、その長野冬季オリンピックの記憶を次世代へ伝えようと、毎年、全国の市民ランナーたちが集まる「長野マラソン」を実施しているほか、様々な関連施設も残っている。

セントラルスクゥエア長野市問御所町にあるセントラルスクゥエアに昨年3月末に完成した「五輪ミニ公園」もその一つだ。ここは五輪時には屋外競技の表彰式会場であり、雪が降りしきる中、世界的アスリートたちの栄誉を讃えあった場所。ミニ公園は、高さ約3・4mのミニ聖火台の両脇にステンレス製の五輪マークのモニュメント、御影石で出来ている表彰台型のベンチが置かれている。

東京五輪招致の看板も立てられているため、最近、その前で写真撮影をする人たちも多くなっている。自転車で全国を巡っている途中に長野を訪れたというMさん(神奈川県)も記念撮影中。「青森をスタートして今日で3週間目。草津から渋温泉に下りて市内に入ってきましたが、長野は温泉も空気もすばらしい。このオリンピックモニュメントもいいですね~」と笑顔。東京五輪もいまから楽しみだという。

長野市産業政策課
◆問い合わせ ☎026-224-5041

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